随分とご無沙汰
2004年1月16日日記更新をNew Year’s Resolution にしたのが間違いだったかもしれないと思うくらい更新が滞っております。
年末から爺やの体調が悪く、入院、検査、結果待ち、転院、検査の繰り返し。かなりの悪循環。
私がそれほどまでに爺やに携わるには訳がある。
私はこの爺やには凄く影響された。人生を変えるかもしれないくらい影響された一番近くにいる人かもしれない。
多少わがままで(いや、現在はウルトラわがまま)理解不能なことがおおいけれども、爺やから聞く戦後間もない話は私のこれからの人生におおきなポイントとなったのも過言ではない。
爺やは戦後まもなく今いるところへ帰還したが、それまでは某米軍基地にいた。そこでの話は今はもう聞けないけれど、私の興味心を掻き立てた。一体どういうところなんだろう。なぜ爺やはそこに居たのだろう。
古ぼけたちっちゃな英和辞典を私にみせたこともある。そしてその話をきいた何年後かに同じ基地内に私がいる羽目になろうとは想像できなかったことだ。
あまり言葉にするのが難しいのであえて言葉にはしないけれど、その爺やの様態が悪い。そのために私は病院にも顔をだし、話相手となる。
何が一番辛いかというのは、進行がとめられないことや、どうすれば一番いいのかが明確ではないことや、痛みを伴うことではない。
現在転院した大きな病院では、私が幼少のときに手術をした病院でもあり、曾婆やをみとった病院でもある。婆やも他界したのだが、私はまだ4つにもなっていなくて病院の記憶もない。病院へ足を運ぶと、色んな気持ちがこみ上げる。それが辛いのだ。
きっと爺やも同じであろう。
転院が決まったとき、あの病院は…と口にしたから。
これからどのくらい入院するのか、手術の許可がおりるのか、検討もつかない。ただできることをやっておこうという気持ちだけ。
でもこの行動で、かなりの人を犠牲にすることもあろうかと反省。すみません。勝手ばかりでと断るたびに胸が痛い。
あぁ生きとし生けるものの苦しみなのか…
年末から爺やの体調が悪く、入院、検査、結果待ち、転院、検査の繰り返し。かなりの悪循環。
私がそれほどまでに爺やに携わるには訳がある。
私はこの爺やには凄く影響された。人生を変えるかもしれないくらい影響された一番近くにいる人かもしれない。
多少わがままで(いや、現在はウルトラわがまま)理解不能なことがおおいけれども、爺やから聞く戦後間もない話は私のこれからの人生におおきなポイントとなったのも過言ではない。
爺やは戦後まもなく今いるところへ帰還したが、それまでは某米軍基地にいた。そこでの話は今はもう聞けないけれど、私の興味心を掻き立てた。一体どういうところなんだろう。なぜ爺やはそこに居たのだろう。
古ぼけたちっちゃな英和辞典を私にみせたこともある。そしてその話をきいた何年後かに同じ基地内に私がいる羽目になろうとは想像できなかったことだ。
あまり言葉にするのが難しいのであえて言葉にはしないけれど、その爺やの様態が悪い。そのために私は病院にも顔をだし、話相手となる。
何が一番辛いかというのは、進行がとめられないことや、どうすれば一番いいのかが明確ではないことや、痛みを伴うことではない。
現在転院した大きな病院では、私が幼少のときに手術をした病院でもあり、曾婆やをみとった病院でもある。婆やも他界したのだが、私はまだ4つにもなっていなくて病院の記憶もない。病院へ足を運ぶと、色んな気持ちがこみ上げる。それが辛いのだ。
きっと爺やも同じであろう。
転院が決まったとき、あの病院は…と口にしたから。
これからどのくらい入院するのか、手術の許可がおりるのか、検討もつかない。ただできることをやっておこうという気持ちだけ。
でもこの行動で、かなりの人を犠牲にすることもあろうかと反省。すみません。勝手ばかりでと断るたびに胸が痛い。
あぁ生きとし生けるものの苦しみなのか…
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